『 新庄亀綾織 』の特性

 繊維辞典(通商産業省繊維局)によると、「“亀綾”とは絹織物の一種で、ヨコ糸を強く打ち込んで紗綾(さや)形の綾を現した生織物。織上後糊落としをして精錬する」とある。また、原色染織辞典(淡交社)によれば、「天和年間(1681~1684)以来、西陣で織り始めた絹の綾織物を加女綾(亀綾)と称した」ことになっている。

 以上の説明は、新庄市立図書館に所蔵されている亀綾端切れの分析調査結果とも一致し、「郷土工芸に関する研究報告」(昭和11年9月大日本聯合青年団郷土資料陳列初刊)やその他の資料とも考え合わせると、斜文(綾)組織を基礎に、山形、菱形、昼夜、及び組み合わせによる変化組織を用いたかなり高度な織物であったことが知られる。

 これらの技術は、従来生産されていたのであろう麻織物、綿織物、紬織物とは異なり、当然先進地からの技術導入によったわけであるが、なかでも最も進んだ技術が三十三観音を織り出した紋織物であった。

 織技術として綾織は、すくなくとも、タテ、ヨコともに、3本以上の組み合わせによって出来ており、亀綾の中は数十本の組み合わせになっているものもある。更に、本亀綾織の特性として、無撚りの生糸を使用していたことが挙げられる。これは、後練り織物といわれるもので、絹糸に付着している膠質分をつけたまま製織し、織物になってから精錬により膠質分を除去すると言う方法をとっている。これによると織上げ後の精錬によって、経・緯糸はふっくらとした状態となって、一種独特な風合いと、光沢を持ち、見かけより軽い感じの織物が得られる。

 最盛時には30数種類の織物が織り出されていたようであるが、現在、それらがどのような織物であったかを推測する手がかりが少なく断定することは出来ないが、多分、織方(タテとヨコの組方、組織)の違いによる名称であったもののようである。

 

​ 現在復元された亀綾織の特性は、正しく上記の通りである。亀綾織の大きな特色の一つは、織り上げたものをじっくり煮て、不純物を洗い落とす「精錬」によって生み出される、しっとりとした風合いと気品ある光沢、しなやかな手触りである。もう一つの大きな特色は、きめ細やかで多彩な地紋である「斜文織(綾織)」という独特の織り方である。通常の平織りは、経糸1本と緯糸1本を交互に交差させて織るため、糸の組織が縦と横で構成されるが、亀綾織はどれも斜めに構成されている。これは、経糸と緯糸を交差させる際、その点が斜めになるように織る「斜文織(綾織)」の技法によるものである。しかも、交差させる経糸と緯糸はそれぞれ3本以上を用い、地紋は足元の踏み木で踏み分けてつくるため、大変高度な織技術を要する。

 細い絹糸で織り、大変きめ細やかな作業が必要なため、10cm織り上げるのに早くても丸一日かかり、着物生地1反ともなると1年から1年半ほどかかる。これまで、亀綾織の生地を用いた小物を商品化してきたが、伝承協会発足直後から10名前後いた織手も、今現在は4名であり、小物商品の製作や「機織り長屋」の運営も兼ねていることから織りに専念できないでいる。今後、スタッフを充実させ、織手が織りに専念できるようにし、一反ものの着物生地の受注生産を計画しており、予約も受け入れている。

 なお、伝承協会ではこれまでに、人手不足から機械織も試みているが、本来の新庄亀綾織の大きな特色である風合いが手織りとは大きく異なり、機械織の限界と高度な手織り技術の素晴らしさを実感させてくれる。

以上「最上モデル定住圏における地域特産の開発に関する調査-モデル定住圏の推進支援調査報告書-」(1982山形県企画調整部)他資料より応用編集

『 新庄亀綾織 』と『 新庄綾織 』

 新庄亀綾織伝承協会では、『新圧亀綾織』の商標登録と、今後『新圧亀綾織』のブランド化を目指すにあたり、『新圧亀綾織』とは、本来の製造行程に則った「手機による手織りの絹織物であること」「精錬が後練りであること」そして、歴史あるこの城下町新庄の地に江戸時代に生まれ、受け継がれてきた伝統ある「斜文織(綾織)であること」と定義付けた。そのため、手織りではなく、かつて織られた機械織のものを『新庄綾織』とし、手織りの『新庄亀綾織』と区別し、差別化を図った。さらに、染付についての差別化も検討している。