​『 新庄亀綾織 』の現在

 昭和56年(1981)に亀綾織が、国(国土庁・現在の国土交通省)のモデル定住圏の推進支援調査の「最上モデル定住圏における地域特産の開発に関する調査」対象に選定されたことにより、山形県が調査部会を設立し、翌年の昭和57年(1982)に山形県工業技術センター置賜試験場において、紗綾形、八つ橋織など9種類の復元に成功した。

 昭和60年(1985)に、亀綾織の復元に要する調査及び技術・技能の研究を行い、亀綾織を使用した商品の開発と新庄市の特産品として振興を図ることを目的に、「新庄亀綾織伝承協会」が設立された。置賜試験場より宮下専門員を招き、織物についての基礎知識から学び、翌年の昭和61年(1986)には亀綾織の基本型といわれる紗綾形の復元に成功した。その後の会員による懸命の研究の成果が実を結び、現在では20数種類の復元に成功している。

 平成13年(2001)に新庄駅前通りに体験工房「機織り長屋」をオープンし、織物体験や亀綾織の生地を用いた小物を商品化してきた。しかし、伝承協会発足直後から10名前後いた織手も徐々に減少し、小物商品の製作や「機織り長屋」の運営も兼ねていることから織りに専念できないできた。

 平成28年(2016)に新たに運営や広報担当のスタッフが加入し、織手の環境改善や織手の確保と育成を始め、商品開発、販路拡大、ブランドの確立、そして国内外に発信し、「新庄亀綾織」の存在感を示すことを目標として活動を始める。

 平成29年(2017)に「新庄亀綾織」とロゴマークを商標登録。「機織り長屋」を閉鎖し、「新庄亀綾織伝承協会」の本拠地を新庄市十日町に開設し、新たな発信地とした。また、京都老舗呉服製造卸の細尾真生氏の指導のもと「新庄亀綾織復興プロジェクト」を立ち上げ、京都西陣織の杉村昌哉氏、米沢織の新田源太郎氏を紹介いただき、両氏にもプロジェクトへの惜しみない協力をいただく。

 平成30年(2018)に「新庄亀綾織」の着尺の白生地が完成し、山形市「洗心庵」にてお披露目会を開催。「新庄亀綾織」のブランドを確立する。併せて、先染めの手機絹綾織物である「新庄綾織」と西陣織の技術を用いた手機絹平織物である「最上新庄織」の2つのブランドも確立させた。

 令和2年(2020)に織手を一新し、「新庄亀綾織伝承協会・工房」を「新庄市 エコロジーガーデン 原蚕の杜」内に完全移転した。「新庄亀綾織復興プロジェクト」も新たに進行中である。